遊里・遊廓としての形成
酒田町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
山形 / 酒田町 新町
歴史資料・現地写真アーカイブ
山形県北西部、日本海を臨む最上川河口部北岸の町。室町時代から港が開け、1672年(寛文12年)河村瑞賢が貯米場「瑞賢蔵」を建設し、西廻船航路の寄港地となる。最上川舟運により酒田は米の一大集散地となり、日本海沿岸有数の港町として栄えた。明治に入ると庄内平野の米作地帯をひかえて米穀取引が盛んとなり、1893年(明治26年)に山居倉庫が建てられた。 1976年(昭和51年)10/29夕刻、酒田市中町2丁目にあった映画館から出火した火災は西方からの強風にあおられ東方の町へ燃え広がった。延焼は東の新井田川まで達したが、対岸からの直上放水と雨により翌朝鎮火した。延焼したエリアの近在にあって北側の寺町と本間家旧本邸が無事であったことは消防隊の賢明な消火活動により守られたものと思われる。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
酒田町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
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