遊里・遊廓としての形成
東岩瀬村遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
富山 / 東岩瀬村
歴史資料・現地写真アーカイブ
岩瀬は神通川の河口東岸に位置し、江戸時代から加賀藩の港町として、また北陸街道の宿場町として栄えた。明治6年に大火があり、その後整備された岩瀬大通りに面する廻船問屋群の町並みが現在に残されている。東岩瀬港は現在は伏木富山港で、地域の工業地域の陸揚げ港として機能しており、かつての港町は工業地域の中にある。廻船問屋で財を成した屋敷は間口にゆとりがあり、立派な切妻平入の町家が主に港側(神通川河口)に並んでいる。登り梁、袖卯建、1階庇のムクリなどは富山の町家の特徴が見られる。また間口の広い町家は前面に前庭があり座敷が面している。 岩瀬大通りを南から入っていく。道幅が広いのは明治6年に大火があったため、その後の整備で広がったのだろうか。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
東岩瀬村遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
14点を撮影・記録日順に表示
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