品川町宿場の現地記録写真

東京 / 品川町 本宿

品川町宿場

歴史資料・現地写真アーカイブ

鎌倉時代は品川氏の所領で、中世の港湾都市品川湊が基盤となって成立した江戸の衛星都市。東海道の第一宿。旧東海道が目黒川と交差するところが品川宿で、川より北側を北品川、南側を南品川と呼んだ。 元文年間(1736-40)には旅篭180軒を数えたという。江戸時代は色町として賑わい、新宿、本宿には遊女「品川女郎」を置く旅篭屋や煮売茶屋が集中していた。明治に入ると工業の町となり、海岸が埋め立てられた。戦後、色町はなくなり地域の商店街となって今に至る。震災戦災を免れているため古い町並みが残っている。

所在地
東京
写真記録
5点
撮影期間
2002-12-01
資料状態
最盛期統計あり / 平成

写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」

歴史順の記録

近世-近代

遊里・遊廓としての形成

品川町宿場周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里遊廓として記録された場所です。

最盛期

最盛期の統計

貸座敷 43軒
娼妓数 400人

数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。

戦後-現在

街区と建築の変化

戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。

古今写真

5点を撮影・記録日順に表示

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2002-12-01 原資料
2002-12-01 原資料
2002-12-01 原資料
2002-12-01 原資料
2002-12-01 原資料

利用上の注意

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