千住町遊郭の現地記録写真

東京 / 千住町 千住四丁目

千住町遊郭

歴史資料・現地写真アーカイブ

千住町遊郭(柳新地)は、千住駅から日光街道、日光街道バイパスを横切って徒歩15分というずいぶん離れた場所につくられた。日光街道沿いの宿場町では、飯盛女を大勢置いた旅館が十三軒あったが、大正13年に柳町が指定され移転した。その直後に関東大震災があり、移転したことが幸いして被災しなかったため、東京の吉原洲崎の客がどしどし押し寄せて発展したといわれる。昭和4年時で、貸座敷53軒、娼妓330人が居た。 北千住の町は戦災にあったが、柳新地は被災しなかったため、戦前の建物に戦後のカフェー建築が混在する町並みとなっている。

所在地
東京
写真記録
6点
撮影期間
2003-10-26
資料状態
最盛期統計あり / 平成

写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」

歴史順の記録

近世-近代

遊里・遊廓としての形成

千住町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里遊廓として記録された場所です。

最盛期

最盛期の統計

貸座敷 53軒
娼妓数 330人

数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。

戦後-現在

街区と建築の変化

戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。

古今写真

6点を撮影・記録日順に表示

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2003-10-26 原資料
2003-10-26 原資料
2003-10-26 原資料
2003-10-26 原資料
2003-10-26 原資料
2003-10-26 原資料

利用上の注意

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