八王子町田町遊郭の現地記録写真

東京 / 八王子町 田町

八王子町田町遊郭

歴史資料・現地写真アーカイブ

東京都東京都西部の盆地にある八王子は、江戸時代甲州街道の宿場町として、近代は生糸の集散地としてにぎわい機業地として発展した。戦後は南部の台地に内陸工業団地が造成され、周辺地区の住宅地化が進んだ。中心市街地は旧甲州街道沿いを主軸に形成されており、両街道が分岐する八日町は商業金融ビルの立ち並ぶ中心繁華街となっている。近代産業で隆盛をみた八王子であるが、市街地のほとんどは戦災で焼き尽くされている。 宿場町の遊里は甲州街道沿いの横山町や八日町にあったようだが、明治30年の大火の後、市街から離れた浅川の近くの田んぼのど真ん中に集められた。中央に並木の植えられた大通りがあり両側に十数軒の妓楼が並んでいた。当時は入口に大門があったそうだ。終戦後は米軍が通い、その後は赤線となった。東京の貸座敷免許地(遊郭)で戦災を免れたのは、千住、品川とここ八王子田町だけだったというから大変貴重な一角だといえよう。

所在地
東京
写真記録
12点
撮影期間
不明
資料状態
最盛期統計あり / 時代不明

写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」

歴史順の記録

近世-近代

遊里・遊廓としての形成

八王子町田町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里遊廓として記録された場所です。

最盛期

最盛期の統計

貸座敷 14軒
娼妓数 100人

数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。

戦後-現在

街区と建築の変化

戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。

古今写真

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撮影日不明 原資料
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利用上の注意

本ページは公益的な歴史研究・地域史記録として作成しています。現代の性風俗営業の所在地案内、広告、勧誘、予約、紹介、連絡仲介には使用できません。 現地を訪れる場合も、私有地・居住者・営業者・地域住民の安全とプライバシーを尊重してください。

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