遊里・遊廓としての形成
沼津市緑新地遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
静岡 / 沼津市 緑新地
歴史資料・現地写真アーカイブ
戦国時代、北条早雲が築いたといわれる三枚橋城の城下町であり、江戸時代は東海道宿場町。市街地は、狩野川河港を中心に発達した。繁華街は、かつての城址を再開発した沼津駅周辺から旧東海道沼津宿(本町、下本町)までのエリアに形成されている。 太平洋戦争時に空襲を受け中心市街地のほとんどを焼失しており、戦後復興の町並みが見られる。駅前銀座のアーケード街もさることながら、戦後復興期の昭和28年に整備された町方町のアーケード名店街が興味深い。計画道路に指定されていて幅員を広げなければならなかったところ、一軒の戦災を免れた百貨店があり、その建物を残して一階をくり抜く形で歩道上空地を整備する手法が認められ、異例の都市計画道路指定解除によって実現したという商店街。防火建築帯のルールとして、建物を防火構造にすること、1階をアーケード状にすること、高さなど形態規制がなされている。建物は共同建築が多く、当初は増築対応した2階建てであり、昭和30年代に3階が増築された。当時の写真を見ると、横長のモダニズム系のデザインが秀逸であるが、現在は縦割り状に外装変更されている箇所がある。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
沼津市緑新地遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
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