遊里・遊廓としての形成
大津市甚七町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
滋賀 / 大津市 甚七町
歴史資料・現地写真アーカイブ
667年~771年、天智天皇が琵琶湖の南西端に大津京(滋賀都)を設置したのが都市としての大津のはじまり。琵琶湖の海上交通と東海道、中山道(古くは東山道)、北陸道を集めた交通の要衝として発展した町である。旧市街の中心部は琵琶湖に近い京阪浜大津駅周辺に広がり、JR大津駅周辺は業務地区、間に旧東海道と北国街道が通る。 大津のまちは、琵琶湖畔から山に向かって一様になだらかに傾斜していて、湖畔と平行な層状の都市構造だ。旧東海道をはじめとする湖畔に平行な通りは等高線に沿っておおむね平らだが、湖畔に垂直な通りは琵琶湖に向かって一直線に下っている。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
大津市甚七町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
13点を撮影・記録日順に表示
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