遊里・遊廓としての形成
彦根町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
滋賀 / 彦根町 袋山
歴史資料・現地写真アーカイブ
関ヶ原の戦いと佐和山城の陥落後、慶長6年(1601年)井伊直政が佐和山に封ぜられ、直継が彦根山に彦根城を築き、城の東に城下町を開いた。彦根の城下町は、内濠と外濠の間に内町、外濠の外周に外町があり、は7つの番所が置かれて外部と繋がる構造であった。番所のひとつである猿尾口は、中山道高宮宿からの城下町への南東の玄関口であり、その玄関口前にも町が広がっていた。 袋町は、明治9年に始まった遊廓で、「全国遊廓案内」(昭和5年)によれば、貸座敷65軒、娼妓は約85人いたとある。商店街の裏に遊廓があるという繁華街の法則の典型例のように、河原町の商店街と芹川の間にある。現在ではバーやクラブがひしめく現代の遊廓だが、夜の看板を掲げる建物の間に古い建物がたくさん残っている。昼散策しても夜遊んでも楽しめる?町並みである。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
彦根町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
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