彦根町遊郭の現地記録写真

滋賀 / 彦根町 袋山

彦根町遊郭

歴史資料・現地写真アーカイブ

関ヶ原の戦いと佐和山城の陥落後、慶長6年(1601年)井伊直政が佐和山に封ぜられ、直継が彦根山に彦根城を築き、城の東に城下町を開いた。彦根の城下町は、内濠と外濠の間に内町、外濠の外周に外町があり、は7つの番所が置かれて外部と繋がる構造であった。番所のひとつである猿尾口は、中山道高宮宿からの城下町への南東の玄関口であり、その玄関口前にも町が広がっていた。 袋町は、明治9年に始まった遊廓で、「全国遊廓案内」(昭和5年)によれば、貸座敷65軒、娼妓は約85人いたとある。商店街の裏に遊廓があるという繁華街の法則の典型例のように、河原町の商店街と芹川の間にある。現在ではバーやクラブがひしめく現代の遊廓だが、夜の看板を掲げる建物の間に古い建物がたくさん残っている。昼散策しても夜遊んでも楽しめる?町並みである。

所在地
滋賀
写真記録
12点
撮影期間
2007-02-12
資料状態
最盛期統計あり / 平成

写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」

歴史順の記録

近世-近代

遊里・遊廓としての形成

彦根町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里遊廓として記録された場所です。

最盛期

最盛期の統計

貸座敷 65軒
娼妓数 85人

数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。

戦後-現在

街区と建築の変化

戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。

古今写真

12点を撮影・記録日順に表示

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2007-02-12 原資料
2007-02-12 原資料
2007-02-12 原資料
2007-02-12 原資料
2007-02-12 原資料
2007-02-12 原資料
2007-02-12 原資料
2007-02-12 原資料
2007-02-12 原資料
2007-02-12 原資料
2007-02-12 原資料
2007-02-12 原資料

利用上の注意

本ページは公益的な歴史研究・地域史記録として作成しています。現代の性風俗営業の所在地案内、広告、勧誘、予約、紹介、連絡仲介には使用できません。 現地を訪れる場合も、私有地・居住者・営業者・地域住民の安全とプライバシーを尊重してください。

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