遊里・遊廓としての形成
那覇市遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
沖縄 / 那覇市 辻町
歴史資料・現地写真アーカイブ
沖縄の街には「社交街」をはじめ遊里が多く存在する。那覇市内もそうで、大きくは国道58号線の北西側(海側)にあたる松山社交街、松山と泊港との間には風俗街の前島、かつて遊郭だった波上宮前の辻界隈、那覇一の商業地区である国際通りの南にあたる松尾・牧志周辺の桜坂界隈などがある。 那覇の遊郭は3カ所あったが、明治41年に辻に統合された。『全国遊郭案内』(昭和5年 日本遊覧社刊によれば、妓楼は13軒、120人の娼妓と記載されているものの、別の資料からは300軒あったとも言われている。昭和19年10月10日の大空襲で那覇市内は焼け野原になり、辻遊郭も姿を消した。戦後はバーや料亭が密集する女性街として再建された。そして現在は泡国街の中に料亭が点在する街へと変化している。街を歩いてみると、戦災により当然戦前の建物はなく、泡国にしても料亭にしてもほとんどが鉄筋コンクリートの陸屋根で、ところどころに赤瓦屋根も散見される。街の西端には赤瓦をのせた大きな「左馬」という料亭の建物が、現在営業はしていないが残っていた。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
那覇市遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
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