遊里・遊廓としての形成
玉島町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
岡山 / 玉島町 天満町
歴史資料・現地写真アーカイブ
かつて乙島(現玉島乙島)あたりに良港があった。1642年(寛永19年)水谷氏が乙島・相島地先の干拓を進め、船穂町又串から12km余の運河「高瀬通し」を開削し、高梁川と連絡するなど港が整備された。港は江戸時代、備中の玄関口として千石船が出入りし、瀬戸内海各地と高瀬川流域を結ぶ商業の中心として栄えた。18世紀末頃から河川の流出土の堆積によって港機能が低下、1882年(明治15年)玉島紡績所創業以来、紡績業の一中心地となる。第二次世界大戦中から河口の埋め立てが開始され、戦後は重化学工業が進出、水島工業地域西部の一角をなしている。 玉島にはかつての隆盛を伝える古い町並みが多く残っており、ノスタルジックな風景は映画のロケ地としても盛んに使われている。おもなエリアとしては三か所に分けて紹介できる。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
玉島町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
9点を撮影・記録日順に表示
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