遊里・遊廓としての形成
笠岡伏越遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
岡山 / 笠岡町 伏越
歴史資料・現地写真アーカイブ
笠岡は、「和名抄」に小田郡魚渚(いおすな)郷とあり、中世には陶山荘が置かれ、その後伊予海賊村上衆の根拠地となり、高松城(現古城山)が築かれた。近世には毛利氏、幕府、池田氏、水野氏の支配を経て1698年(元禄11年)以降明治維新まで幕府領で代官所が置かれた。廃藩置県では小田県となり、一時県庁所在地となった。笠岡港は瀬戸内海の風待潮待港として栄えた。 笠岡湾は今では干拓により水道のように狭められているが、城跡の古城山を挟んで笠岡諸島への客船が発着する笠岡港と同フェリーターミナルである伏越港がある。笠岡港の前には笠岡駅と中心市街地があり、伏越港の前には遊郭があった。昭和5年「全国遊郭案内」によれば遊郭の起源はわからないが、昭和5年当時で貸座敷が16軒あり、娼妓が63人居たという。遊郭として戦後まで機能していたかどうかは確認されていないが、町並みの残り方から推測するに続いていたものと思われる。中心にゼセッション風の病院建築があり、道が二股に分かれている。一方は港に延び、もう一方は線路脇に妓楼を並べる。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
笠岡伏越遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
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