遊里・遊廓としての形成
別府市遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
大分 / 別府市
歴史資料・現地写真アーカイブ
別府の市街地は、鐘状火山の鶴見岳の裾野が海へ向かって落ちる石垣原扇状地に形成され、そこに湧きだした温泉=別府八湯(鶴見八湯)を中心に栄えた温泉観光都市である。聖武天皇(728~749)の頃からあったと伝えられ、明治22年(1889年)上総掘りにより湧出してから発展した。別府八湯とは、別府、浜脇、観海寺、堀田、津川、鉄輪、柴石、明礬(みょうばん)等で、単に別府温泉という場合は別府・浜脇・鉄輪の3温泉を指す。泉源数は3,500、湧出量は7万kl/日。 遊里は、昭和初期で楠町に料亭100軒、芸妓180人の花柳界があり妓楼も十数軒混在していたそうだ。本廓は東別府駅近くの浜脇温泉に置かれ、貸座敷44軒、娼妓300余名がいたという。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
別府市遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
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