別府市遊郭の現地記録写真

大分 / 別府市

別府市遊郭

歴史資料・現地写真アーカイブ

別府の市街地は、鐘状火山の鶴見岳の裾野が海へ向かって落ちる石垣原扇状地に形成され、そこに湧きだした温泉=別府八湯(鶴見八湯)を中心に栄えた温泉観光都市である。聖武天皇(728~749)の頃からあったと伝えられ、明治22年(1889年)上総掘りにより湧出してから発展した。別府八湯とは、別府、浜脇、観海寺、堀田、津川、鉄輪、柴石、明礬(みょうばん)等で、単に別府温泉という場合は別府・浜脇・鉄輪の3温泉を指す。泉源数は3,500、湧出量は7万kl/日。 遊里は、昭和初期で楠町に料亭100軒、芸妓180人の花柳界があり妓楼も十数軒混在していたそうだ。本廓は東別府駅近くの浜脇温泉に置かれ、貸座敷44軒、娼妓300余名がいたという。

所在地
大分
写真記録
16点
撮影期間
2009-12-23
資料状態
最盛期統計あり / 平成

写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」

歴史順の記録

近世-近代

遊里・遊廓としての形成

別府市遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里遊廓として記録された場所です。

最盛期

最盛期の統計

貸座敷 57軒
娼妓数 470人

数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。

戦後-現在

街区と建築の変化

戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。

古今写真

16点を撮影・記録日順に表示

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2009-12-23 原資料
2009-12-23 原資料
2009-12-23 原資料
2009-12-23 原資料
2009-12-23 原資料
2009-12-23 原資料
2009-12-23 原資料
2009-12-23 原資料
2009-12-23 原資料
2009-12-23 原資料
2009-12-23 原資料
2009-12-23 原資料
2009-12-23 原資料
2009-12-23 原資料
2009-12-23 原資料
2009-12-23 原資料

利用上の注意

本ページは公益的な歴史研究・地域史記録として作成しています。現代の性風俗営業の所在地案内、広告、勧誘、予約、紹介、連絡仲介には使用できません。 現地を訪れる場合も、私有地・居住者・営業者・地域住民の安全とプライバシーを尊重してください。

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