長崎市戸町鶴海遊郭の現地記録写真

長崎 / 長崎市 戸町

長崎市戸町鶴海遊郭

歴史資料・現地写真アーカイブ

長崎は鎖国中の江戸時代にも開いていた港。異国情緒漂う港町として有名な観光都市であるが、同時に造船の町でもある。長崎の南山手あたりから対岸の稲佐山方向を眺めると三菱重工の造船所ででっかい船が造られているのが見られる。しかし、造船所は三菱重工だけではない。細長い長崎港に面する入り江には中小の造船所がたくさんあるのだ。戸町は長崎市街から南に下り、現在築造中の港の東西を結ぶ大きな吊橋まで行く途中にある町である。 長崎という町は、よくもこんな険しい海岸地形の場所に都市を創ったものだと驚かされるほどの急坂の多い町だが、外町もその典型で、入り江に造船工場と町、背後の山に住宅が駆け上がっている。入り江の海岸線にはクレーンを上げた年季の入った造船所の施設が並んでおり、その中に木造3階建ての建物も見られる。これは工場町に形成された「旧戸町鶴海遊郭」の跡である。明治20年に開かれ、昭和初期には16件の貸し座敷があった。「全国遊郭案内」には、「長崎駅で下車し乗合自動車又は市電で大波止まで行き、大波止からランチ(小舟)で渡る方が面白い」と紹介されている。現在残っている姑楼は数軒で、もちろん営業はしておらず単なる住宅となっている。戸町は、造船業で栄えた産業町長崎ならではの趣を感じることができる町だ。

所在地
長崎
写真記録
16点
撮影期間
2005-06-17
資料状態
最盛期統計あり / 平成

写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」

歴史順の記録

近世-近代

遊里・遊廓としての形成

長崎市戸町鶴海遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里遊廓として記録された場所です。

最盛期

最盛期の統計

貸座敷 16軒
娼妓数 180人

数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。

戦後-現在

街区と建築の変化

戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。

古今写真

16点を撮影・記録日順に表示

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2005-06-17 原資料
2005-06-17 原資料
2005-06-17 原資料
2005-06-17 原資料
2005-06-17 原資料
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2005-06-17 原資料
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2005-06-17 原資料
2005-06-17 原資料
2005-06-17 原資料
2005-06-17 原資料
2005-06-17 原資料
2005-06-17 原資料

利用上の注意

本ページは公益的な歴史研究・地域史記録として作成しています。現代の性風俗営業の所在地案内、広告、勧誘、予約、紹介、連絡仲介には使用できません。 現地を訪れる場合も、私有地・居住者・営業者・地域住民の安全とプライバシーを尊重してください。

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