遊里・遊廓としての形成
佐世保市勝富遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
長崎 / 佐世保市 勝富町
歴史資料・現地写真アーカイブ
佐世保港は高後崎と西彼杵半島寄船崎を港口とする天然の良港で、1886年(明治19年)海軍鎮守府設置以来、軍港として繁栄した。市街は日中戦争、第二次世界大戦を契機に拡大し、戦後は一時衰えたもののアメリカ軍や海上自衛隊の基地、重工業の発達により活況を呈した町である。 海軍鎮守府が置かれてしばらくして、町の北の山沿いに勝富遊郭が開かれた。「全国遊郭案内」によれば、「31年前までは一小漁村であったが、軍港になると同時に、呉や横須賀と同様にめきめきと発達して・・・、このところは佐世保最初の遊郭で明治26年に成立したもので、日本の三遊郭の一つたる長崎丸山廓張りたるを以って有名である」と紹介されている。昭和初期には16件の貸座敷があったという。勝富遊郭が開かれた後、明治43年には花園遊郭も遊郭地の免許となっている。勝富遊郭は戦後赤線として存続したが花園遊郭は戦災復興都市計画の中で消えた。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
佐世保市勝富遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
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