長野市遊郭の現地記録写真

長野 / 長野市 東鶴賀町

長野市遊郭

歴史資料・現地写真アーカイブ

善光寺の門前町、北国街道の宿場町であった長野の古き遊里は、江戸時代中期より、善光寺と門前の宿場町の繁栄に合わせて水茶屋揚屋が発展集積した権堂の界隈に形成されていた。長野市が城下町松本市との県庁所在地争いに勝利した後、県行政の中心都市として整備されたのは明治時代前期。善光寺参道を中心軸に発展した江戸時代からの旧市街を取り囲む外縁部に近代化の施設は配置された。そして新しい遊郭は、江戸時代からの遊里であった権堂をさらに東の郊外へ移転させる形で鶴賀新地につくられた。 「長野案内」(明治後期出版)によれば、 「権堂町の東五町を距る所にありて、東西百二十間、南北八十間、面積一万坪あり、大廈高楼雲表に聳え、西に大門ありて、めぐらす木柵を以てす。門より一直線の通りを仲ノ町といい、仲ノ町の南裏通りを住吉町といい、北裏通りを松ヶ枝町という。妓楼の数四十三戸あり。」

所在地
長野
写真記録
8点
撮影期間
2009-08-02
資料状態
最盛期統計あり / 平成

写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」

歴史順の記録

近世-近代

遊里・遊廓としての形成

長野市遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里遊廓として記録された場所です。

最盛期

最盛期の統計

貸座敷 27軒
娼妓数 資料未載

数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。

戦後-現在

街区と建築の変化

戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。

古今写真

8点を撮影・記録日順に表示

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2009-08-02 原資料
2009-08-02 原資料
2009-08-02 原資料
2009-08-02 原資料
2009-08-02 原資料
2009-08-02 原資料
2009-08-02 原資料
2009-08-02 原資料

利用上の注意

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