遊里・遊廓としての形成
上諏訪町衣之渡遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
長野 / 上諏訪町 衣之渡
歴史資料・現地写真アーカイブ
諏訪市の中心地区である上諏訪は、近世は高島(諏訪)藩の城下町であり、また甲州街道の上諏訪宿として、また温泉町として繁栄してきた。高島城は豊臣秀吉の武将日根野高良により諏訪湖の中に築城され、浮城(うきじろ)と呼ばれた。石垣と堀だけを残していたが、1970年天守閣が復元された。明治になって、県下最初の洋式の製糸機械が導入されたが、製糸工業の発展はあまりみられず、諏訪地方の政治、文化、経済の中心としての機能が大きかった。第二次世界大戦中に時計などの工場が疎開してきて、オルゴール、時計、レンズなどの精密機械の製造が盛んになった。一方、上諏訪温泉は約550の泉源があり、湯量は豊富で、湖岸にホテルや旅館街が形成されている。 歴史的な町並みが広範囲に見られる。甲州街道沿いの諏訪1丁目は、昭和元年の大火の後に建設された町で当時の特徴である看板建築が質量ともに良好に残されている。近年まではアーケードによりその存在が知られていなかったようだ。諏訪2丁目は、造り酒屋が集まっている蔵造りや町家の町並み。甲州街道とJR中央線との間は飲食店が多い。さらに、駅の諏訪湖方面では、旧甲州街道から湖岸にまっすぐに伸びている商店街が町並みとして見るべきものがる。湖岸通り地区には片倉館はじめ、洋風近代建築も残されている。一方、駅を取り囲むように上諏訪の飲食店街が発達している。その要因は温泉地観光地であることに起因しているのかもしれない。高島城に近い衣ノ渡地区が遊郭であったようだ。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
上諏訪町衣之渡遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
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