遊里・遊廓としての形成
延岡町岡富遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
宮崎 / 延岡町 岡富新地
歴史資料・現地写真アーカイブ
延岡は、古くは県(あがた)と呼ばれ、日向国の中心であった。有馬・三浦・牧野・内藤各氏の城下町で、地名は明暦2年(1656年)県城(あがたじょう)を延岡城と改称したことによる。近代になり、大正12年(1923年)流安工場建設以降は旭化成の町として発展する。現在、薬品、食品、化学繊維、火薬など、その関連産業を含めて総人口の2/3が旭化成関係といわれる。 城下町を基盤とする旧市街は五ヶ瀬川と大瀬川に挟まれた中之島にある。一方、五ヶ瀬川の北側、大瀬川の南側それぞれは旭化成工場とその門前の町となっている。工場とともに厚生施設、社宅、購買部門運営のスーパーマーケットなど、企業独自の施設が街中に内在している。「旭町」「旭小学校」「スーパー日の出」など旭化成につながる名称がみられるのも企業城下町の特徴であろう。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
延岡町岡富遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
13点を撮影・記録日順に表示
本ページは公益的な歴史研究・地域史記録として作成しています。現代の性風俗営業の所在地案内、広告、勧誘、予約、紹介、連絡仲介には使用できません。 現地を訪れる場合も、私有地・居住者・営業者・地域住民の安全とプライバシーを尊重してください。