京都宮川町遊郭の現地記録写真

京都 / 京都市 宮川町

京都宮川町遊郭

歴史資料・現地写真アーカイブ

京都には遊郭が18箇所あった。島原を根本に子、孫、ひ孫という具合に分かれている。子に位置するのが祇園、八坂新地、二条新地、北野十七軒、七条新地、東三本木、下河原である。孫となると、有名な先斗町は二条新地から分かれた遊郭、五条楽園は七条新地から分かれた。鴨川の東岸にある宮川町は祇園に近いので祇園から分かれたものと思いがちだがそうではなく、七条新地から分家したものだ。 宮川町は元は鴨川の河原であったが、開けるに従って、元十禅師社の西門があったところから、建仁寺新地と云われたこともある。遊郭は寛延4年に茶屋渡世を許したことにはじまって、明和7年には祇園町と共に茶屋遊女屋株を免許されたもので、京都での遊郭としてはかなり古い歴史を持っている。昭和初期の宮川町には、貸座敷150軒があり、娼妓は330人いた。

所在地
京都
写真記録
10点
撮影期間
2005-10-08
資料状態
最盛期統計あり / 平成

写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」

歴史順の記録

近世-近代

遊里・遊廓としての形成

京都宮川町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里遊廓として記録された場所です。

最盛期

最盛期の統計

貸座敷 151軒
娼妓数 230人

数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。

戦後-現在

街区と建築の変化

戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。

古今写真

10点を撮影・記録日順に表示

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2005-10-08 原資料
2005-10-08 原資料
2005-10-08 原資料
2005-10-08 原資料
2005-10-08 原資料
2005-10-08 原資料
2005-10-08 原資料
2005-10-08 原資料
2005-10-08 原資料
2005-10-08 原資料

利用上の注意

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