遊里・遊廓としての形成
高知市石井町玉水新地遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
高知 / 高知市 石井玉水新地
歴史資料・現地写真アーカイブ
高知市内には戦前2つの遊郭があった。はりまや橋から土佐電鉄が路面を走る電車道(国道33号線)を西へ進んだ玉水町が上の新地、はりまや橋から東へ進んだ稲荷町が下の新地と呼ばれた。高知市内はかなりの範囲を戦災で焼失しており稲荷新地はそのエリアに含まれるが、玉水新地は戦災を免れており古い町並みが残っている。 玉水新地遊郭は、明治5年に初めて許可を受け、昭和5年当時で貸座敷27軒、娼妓は224人が居た(「全国遊郭案内」)。鏡川の旧土手道とその脇の用水路沿い、さらに電車道との間に旧遊里の町並みが見られる。戦後は赤線に移行したため今でも賑わった頃の名残を留めているし、旅館営業している旧妓楼もある。ほぼ全域を戦災で焼失してしまっている高知市内において、玉水町は貴重な歴史的町並みといえる。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
高知市石井町玉水新地遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
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