横浜保土ヶ谷遊郭の現地記録写真

神奈川 / 横浜市 保土ヶ谷町

横浜保土ヶ谷遊郭

歴史資料・現地写真アーカイブ

保土ヶ谷は、多摩丘陵の縁辺部にあたり、中央を帷子川が流れる周囲を丘陵に囲まれた谷地の集まった地形である。保土ヶ谷町、帷子町、岩間町は、旧東海道保土ヶ谷宿だったところで、周辺は化学、繊維、電機などの工業地区を形成していたか、JR保土ヶ谷駅周辺や相模鉄道沿線の北西部の丘陵は戦後急速に宅地化が進行し、首都圏のベットタウンとなった。 保土ヶ谷駅東口を出ると駅前広場がなくいきなり国道一号線が走っており、歩道橋で渡った国道の対面にバスバースがある。その国道1号線とJR東海道線との間の戸塚方面に、とてもバラッキーな建物群がある。保土ヶ谷駅東口商店街である。成り立ちは闇市系かそうでないのかはわからないが、その匂いがプンプンする雰囲気だ。国道の反対側にも店舗があり、その背後は崖である。

所在地
神奈川
写真記録
10点
撮影期間
2017-05-21
資料状態
最盛期統計あり / 平成

写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」

歴史順の記録

近世-近代

遊里・遊廓としての形成

横浜保土ヶ谷遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里遊廓として記録された場所です。

最盛期

最盛期の統計

貸座敷 7軒
娼妓数 50人

数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。

戦後-現在

街区と建築の変化

戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。

古今写真

10点を撮影・記録日順に表示

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2017-05-21 原資料
2017-05-21 原資料
2017-05-21 原資料
2017-05-21 原資料
2017-05-21 原資料
2017-05-21 原資料
2017-05-21 原資料
2017-05-21 原資料
2017-05-21 原資料
2017-05-21 原資料

利用上の注意

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