釜石遊郭の現地記録写真

岩手 / 釜石町

釜石遊郭

歴史資料・現地写真アーカイブ

岩手県釜石市は、1874(明治7)年この地に官営製鉄所の建設が始まって以来、製鉄の町として栄枯盛衰をともにしてきた。官営時代はすぐに失敗、田中製鉄時代も苦難を重ね、大正期の三井鉱山時代に入ってようやく生産が軌道に乗った。戦前・戦時中には戦争を背景とした鉄需要により、日本製鉄の一工場として製鉄所も町も急激に膨張したが、1945年艦砲射撃により壊滅的な打撃を受けて、終戦を迎えた。 戦後は日本製鉄を分割した富士製鉄の一員として生産を再開、特に1950年代には戦後復興を背景に急激な成長をみせ、繁栄する企業城下町の代表的な事例として全国にその名を知られた。しかし、鉄鋼不況とともに、狭く遠い製鉄所として戦後の急激な生産性上昇についていけず、高度成長の真っ只中だというのに合理化の波が押し寄せる。1964年には大量の人員が東海製鉄に移された。1970年、富士製鉄は八幡製鉄と再合同し新日本製鐵となり、釜石製鉄所も新日鐵傘下になった。

所在地
岩手
写真記録
18点
撮影期間
2009-06-28
資料状態
最盛期統計あり / 平成

写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」

歴史順の記録

近世-近代

遊里・遊廓としての形成

釜石遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里遊廓として記録された場所です。

最盛期

最盛期の統計

貸座敷 5軒
娼妓数 20人

数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。

戦後-現在

街区と建築の変化

戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。

古今写真

18点を撮影・記録日順に表示

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2009-06-28 原資料
2009-06-28 原資料
2009-06-28 原資料
2009-06-28 原資料
2009-06-28 原資料
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2009-06-28 原資料
2009-06-28 原資料
2009-06-28 原資料
2009-06-28 原資料
2009-06-28 原資料
2009-06-28 原資料

利用上の注意

本ページは公益的な歴史研究・地域史記録として作成しています。現代の性風俗営業の所在地案内、広告、勧誘、予約、紹介、連絡仲介には使用できません。 現地を訪れる場合も、私有地・居住者・営業者・地域住民の安全とプライバシーを尊重してください。

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