遊里・遊廓としての形成
七尾町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
石川 / 七尾町
歴史資料・現地写真アーカイブ
七尾市は能登半島東岸、七尾湾に臨む能登最大の港湾都市である。戦国時代の1398年(応永5)畠山三則は七尾城を築城し最初の城下町が形成された。その後、織田信長の天下の基、前田利家が能登を治めるため小丸山に城を構え、城下町を拡大整備した。関ヶ原の戦い後、前田利家は越中・能登・加賀三国を与えられ加賀金沢へ本拠を移す。そして、七尾は加賀藩の重要な海の玄関口となり、幕末まで港町として繁栄する。しかし、明治期以降、金沢に近い場所に金沢港が建設されると七尾は衰退し、能登地方の中心都市としての役割のみとなる。 街を歩けば、規則正しい町割りの中に鉤型があったりして城下町を感じ取ることができる。しかし、町は大きいけれど、繁栄を極めたような古い重厚な町並みはあまり期待できない。中央に水面の高い御祓川が流れていて道路とともに整備工事が進行中であった。川と直交する一本杉通りを中心に商家の町並みがみられる。一方、七尾駅から港方向一本杉通りへ向かう駅前リボン通りが昭和の商店街になっていて、その裏側に飲食店街が形成されていた。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
七尾町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
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