遊里・遊廓としての形成
歌志内沢町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
北海道 / 歌志内沢町
歴史資料・現地写真アーカイブ
歌志内の地名はアイヌ語で「オタウシュナイ」(砂原の多い川)に由来、石狩川の支流ペンケオタシュナイ川流域の炭鉱町である。1873年(明治6年)発見、石狩炭田北部の空知炭田に属し、原料・一般炭を産出した。1889年(明治22年)北海道炭鉱鉄道の開通以来、採炭量が増し、1962年(昭和37年)頃の最盛期には住友歌志内炭鉱、空知炭鉱など約20鉱山があった。しかし、エネルギー革命により閉山が相次ぎ1963年以降は人口が激減。現在では日本一人口の少ない市となった。昭和23年には人口が46000人だった歌志内市も平成19年現在は5042人と1/9に減った。町並みは最盛期の昭和20年代~30年代の建築が特徴である。つまり石炭景気で当時の最先端のデザインの建物が建てられ残っており、それらをめぐる楽しさがある。 上砂川炭鉱は、1887年(明治20年)頃発見され、1896年西山炭鉱により開発された。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
歌志内沢町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
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