釧路市米町遊郭の現地記録写真

北海道 / 釧路市 米町

釧路市米町遊郭

歴史資料・現地写真アーカイブ

釧路は釧路川の河口に港とともに造られた町である。明治18年(1885年)釧路集治監の開設と1887年安田財閥による川湯硫黄山開発の本格化で、釧路川を経由する内陸開発の基地となり、1890年釧路港が特別輸出港、1899年普通貿易港に指定、さらに1901年釧路・函館間の鉄道が白糠まで開通して、1909年築港事業が始まった。以降、道東の拠点都市として発展する。現在の基幹産業は、水産業、紙・パルプを中心とする工業である。以前は、石炭鉱業も基幹産業であったが、現在は閉山となっている。 釧路川に架かる幣舞橋(ぬさまいばし)は、町のシンボルであり、近くにレストランや商店、複合施設のフィッシャーマンズワーフMOOがあって、地元民や観光客でにぎわっている。幣舞橋の北東側には歓楽街が、北西側には業務地区とさらに西に煉瓦倉庫群がみられる。一方、幣舞橋の南側をずっと進んでいくと南大通りの町となり、最後は寺町と遊郭のあった米町に至る。また、釧路の市街地は、釧路湿原と接している環境にあり、その町のエッジを見るのも面白い。

所在地
北海道
写真記録
14点
撮影期間
2011-09-26
資料状態
最盛期統計あり / 平成

写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」

歴史順の記録

近世-近代

遊里・遊廓としての形成

釧路市米町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里遊廓として記録された場所です。

最盛期

最盛期の統計

貸座敷 18軒
娼妓数 157人

数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。

戦後-現在

街区と建築の変化

戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。

古今写真

14点を撮影・記録日順に表示

一覧へ戻る
2011-09-26 原資料
2011-09-26 原資料
2011-09-26 原資料
2011-09-26 原資料
2011-09-26 原資料
2011-09-26 原資料
2011-09-26 原資料
2011-09-26 原資料
2011-09-26 原資料
2011-09-26 原資料
2011-09-26 原資料
2011-09-26 原資料
2011-09-26 原資料
2011-09-26 原資料

利用上の注意

本ページは公益的な歴史研究・地域史記録として作成しています。現代の性風俗営業の所在地案内、広告、勧誘、予約、紹介、連絡仲介には使用できません。 現地を訪れる場合も、私有地・居住者・営業者・地域住民の安全とプライバシーを尊重してください。

公益目的・法令遵守方針を読む 統計データを見る 遊廓の用語体系を見る