遊里・遊廓としての形成
岩内薄田遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
北海道 / 岩内町 薄田
歴史資料・現地写真アーカイブ
後志支庁岩内郡西部にある港町。江戸中期ごろから漁業の一中心として、和船の往来が盛んであった。明治期以降もニシン漁が盛んで、大正期には絶頂に達した。しかし、港は湾入りが浅く広く海に開いていて、西の卓越風による波浪と北からの漂砂による堆積に悩まされていたため、堤防が整備された。ニシン漁場の移動で衰退した後は、スケトウダラの水揚、アスパラガスの缶詰生産に転向した。 昭和29年9月26日、洞爺丸台風の同日に発生した岩内大火は、町の約7割を焼き尽くし、多くの家が失われた。現在見る町並みは。この大火後のものである。家々のスタイルは看板建築で、北海道の他の地域との視覚的な差は特に感じられない。看板建築は隣地からの延焼を妨げる造りであるから採用されたのであろう。目抜きの銀座通りは幅が広く、街路樹や花が植えられていた。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
岩内薄田遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
14点を撮影・記録日順に表示
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