遊里・遊廓としての形成
函館市大森町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
北海道 / 函館市 大森町
歴史資料・現地写真アーカイブ
1454年(享徳3年)河野政道が函館山麓に箱状の館を築いたことにちなみ箱館と称したが、1869年(明治2年)に函館と改称。1512年(永生9年)アイヌの攻撃により一時衰退したが、1741年(寛保元年)番所が置かれ、1802年(享和2年)箱館奉行所が設置され、北海道開拓の拠点として繁栄した。1854年(安政元年)日米和親条約により下田港とともに開かれ、日米修好通商条約(1859年)により日本5港の一つとして開港場となる。そして函館は、明治、大正を通じて、北海道の漁業、商業の中心として繁栄した。函館の市街地は、やがて旧市街にあたる西部地区から北へと延び半島全体へと発達した。 一方、函館の市街地はしばしば大火に見舞われ、市内の至る所が火災の被害に遭っており、中でも1934年(昭和9年)の火災は、死者2166名、焼失棟数11105棟を数える大参事だった。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
函館市大森町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
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