滝川町遊郭の現地記録写真

北海道 / 滝川町

滝川町遊郭

歴史資料・現地写真アーカイブ

1891年(明治24年)熊本・岡山両県から34戸が入植、1894年に石川県から入植したのが始まりである。赤平は豊かな炭田にめぐまれ、1918年(大正7年)茂尻炭鉱が開鉱して以後、中小炭鉱が市内各地で開発され、昭和13年には豊里、住友、赤間に大手炭鉱が進出し、急速に炭鉱開発が進められた。戦後は、日本の経済復興の原動力として目覚ましい発展を遂げ、昭和20年代に最盛期を迎えた。その後、エネルギー革命によって閉山が相次ぎ、赤平では平成6年をもってすべての炭鉱が閉められた。 赤平駅の裏手にはズリ山と巨大な立坑がある。ここは赤平一を誇った住友鉱業赤平鉱業所である。

所在地
北海道
写真記録
12点
撮影期間
2009-04-26
資料状態
最盛期統計あり / 平成

写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」

歴史順の記録

近世-近代

遊里・遊廓としての形成

滝川町遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里遊廓として記録された場所です。

最盛期

最盛期の統計

貸座敷 7軒
娼妓数 40人

数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。

戦後-現在

街区と建築の変化

戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。

古今写真

12点を撮影・記録日順に表示

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2009-04-26 原資料
2009-04-26 原資料
2009-04-26 原資料
2009-04-26 原資料
2009-04-26 原資料
2009-04-26 原資料
2009-04-26 原資料
2009-04-26 原資料
2009-04-26 原資料
2009-04-26 原資料
2009-04-26 原資料
2009-04-26 原資料

利用上の注意

本ページは公益的な歴史研究・地域史記録として作成しています。現代の性風俗営業の所在地案内、広告、勧誘、予約、紹介、連絡仲介には使用できません。 現地を訪れる場合も、私有地・居住者・営業者・地域住民の安全とプライバシーを尊重してください。

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