遊里・遊廓としての形成
広島市東遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
広島 / 広島市 下柳町
歴史資料・現地写真アーカイブ
広島の市街地は、太田川河口の猿こう川、京橋川、元安川など6流にかけられた三角州上に形成された。古くは五箇荘という漁村で、近世は浅野氏の城下町として繁栄した。明治以降は県政の中心地であるとともに、日清戦争の大本営設営など軍都として発展した。しかし、太平洋戦争では1945年(昭和20年)8月6日原爆が投下された。戦後は復興都市計画により再起し、世界平和のシンボル都市となった。 現在、広島市内を歩いて戦争の爪痕を感じる場所は原爆ドームのみである。原子爆弾はこのドームの上空580mで炸裂し、半径2kmでほとんどの建物が倒壊した。広島市内の戦災を受けていない木造家屋のある町は、この範囲を外れた草津などや山影になって爆風を逃れた江波のみである。この点では、地形に起伏があり場所によっては残っている長崎とは対照的である。それでも、爆心地にほど近い大手町には日本銀行広島支店(昭和11年)が残っているのには驚かされる。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
広島市東遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
18点を撮影・記録日順に表示
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