遊里・遊廓としての形成
岐阜市金津遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
岐阜 / 岐阜市 金津新地
歴史資料・現地写真アーカイブ
JR岐阜駅の南側一帯は、江戸時代加納城の城下町として、中山道の宿場町として発達した町である。旧中山道は、荒田川を利用して造った加納城の北の丸をあすめながら川を渡るので、右左と枡形が多い。 河渡宿(京都方面)からやってくる旧中山道は県道岐阜羽島線を越えて西の番所跡に至る。ここから東が旧加納宿である。現在は本町と呼ばれる町だが商店街でもなく、目立った古い民家もなく旧中山道と知らなければただの裏通りである。旧中山道とJR東海道線との間は全国的に有名な花街「金津園」で、看板を掲げたソープランド建築が軒を連ねる。金津園のはずれにはかつてのカフェー建築が今でも旅館やバーなどとして使われている。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
岐阜市金津遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
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