遊里・遊廓としての形成
船橋町新地廓周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
千葉 / 船橋町 新地
歴史資料・現地写真アーカイブ
船橋は東京近郊のベッドタウンを後背にもつ都市である。東京と千葉の中間に位置し、通勤も通学も買い物も近在の住人のほとんどが東京を目指すので、千葉県でありながら千葉とは無縁の場所でもある。こういう町は千葉県には多い。そんな町だからマンション開発などが進んでいてあまり面白い街ではないだろうと高を括っていたらこれが結構多彩な街だった。 船橋は近世以降、船橋大神宮の門前町、成田街道と千葉街道の宿場町、漁村の港町という3つの顔を持ちながら発展した街である。明治前期の地形図を見ると、市川から一直線に東進してきた千葉街道、行徳からきた成田街道は船橋宿の西で合流し東の船橋大神宮にぶち当たる。大神宮前で右に折れると千葉街道で千葉へ、左に折れると成田街道で佐倉へ向かう。大神宮の門前町をベースにした宿場町は、JR舟橋駅や京成船橋駅をまっすぐ南下したあたりから大神宮までと、大神宮から成田街道沿いに東へ700mほど行ったあたりまでが主要部分であったと思われる。さすがに駅から南下したあたりはビルが建ち並んでいるものの、その谷間に出桁造りの町家が数件残っている。町並みとして連続するのは、大神宮を過ぎたあとの成田街道沿いの宮本町付近にある。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
船橋町新地廓周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
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