岡崎市遊郭の現地記録写真

愛知 / 岡崎市 中町

岡崎市遊郭

歴史資料・現地写真アーカイブ

岡崎は岡崎城の城下町でかの徳川家康の生地である。近世は東海道の宿場町、河港町として発達した。旧市街は矢作川の西岸にあって、支流乙川の北岸に位置する岡崎城址の周りに形成された城下町を母体に旧東海道に沿って東西に長い都市となっている。旧東海道は、攻め入る敵を惑わすため宿場に入ってから「二十七曲がり」と呼ばれるジグザグルートをなしている。しかし、岡崎は戦災に遭っていることもあり、現在の街路は他の町と同様にt直線状で、曲がりくねっていた旧街道の線形は道標をたどらなければ容易に見えてはこない。たとえば町の中心部に残っている旧岡崎銀行本店(大正6年築)は表通り(康生通り)にはなく一本南側のひっそりとした通りに建っている。表通りには大きな商家も残っておりに旧東海道沿いの町並みであることがわかるが、そこから外れている旧岡崎銀行本店の立地に違和感を覚える。それは、旧東海道が旧岡崎銀行本店のところだけコノ字状に折れまがっているからである。二十七曲がりは、町並み愛好者をも惑わす。 旧東海道は、岡崎城址である岡崎公園の北側をたくさん曲がって迂回し、公園の西側に回り込んでいる。城址の西側は板屋町というかつて遊郭があった町。現在でも古い妓楼が多く残っている。さらに旧街道を西へ進むと八帖町で町が終わり矢作川を渡るが、この八帖町こそ有名な「八丁味噌」の工場のある町である。

所在地
愛知
写真記録
9点
撮影期間
2008-04-09
資料状態
最盛期統計あり / 平成

写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」

歴史順の記録

近世-近代

遊里・遊廓としての形成

岡崎市遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里遊廓として記録された場所です。

最盛期

最盛期の統計

貸座敷 37軒
娼妓数 370人

数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。

戦後-現在

街区と建築の変化

戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。

古今写真

9点を撮影・記録日順に表示

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2008-04-09 原資料
2008-04-09 原資料
2008-04-09 原資料
2008-04-09 原資料
2008-04-09 原資料
2008-04-09 原資料
2008-04-09 原資料
2008-04-09 原資料
2008-04-09 原資料

利用上の注意

本ページは公益的な歴史研究・地域史記録として作成しています。現代の性風俗営業の所在地案内、広告、勧誘、予約、紹介、連絡仲介には使用できません。 現地を訪れる場合も、私有地・居住者・営業者・地域住民の安全とプライバシーを尊重してください。

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