名古屋市旭遊郭の現地記録写真

愛知 / 名古屋市 大門町

名古屋市旭遊郭

歴史資料・現地写真アーカイブ

名古屋駅太閤通口(新幹線側)から真っ直ぐに西に延びる通りは旧中村遊廓を串刺しにしている。名古屋の中心市街は名古屋駅の東側にある。城下町の法則にしたがって国鉄の駅が中心市街地から離れた西側にできた訳だから、さらにその駅の西側は何も無かった。そこに大正12年、大須観音近くにあった旧旭遊郭がこの場所に移転し、整然と都市計画がなされた新旭遊郭が誕生した。その生い立ちは大正7年にできた大阪の飛田遊郭と立地、街区形状などで酷似している。3万坪の正方形の土地を五町に区画し、センターに東西と南北の大通りを通し、角に斜め45度の道を配しており、地図を見ると明らかに周辺街区とは異なった町であることが見て取れる。「全国遊廓案内」によれば、「建築物も堂々たる大廈高楼(たいかこうろう)と成り、一切の設備も完備して一大遊廓と成った」と表現されている。それほど一軒一軒の建物は立派だったようで、現在点在して残る旧妓楼建築を見ても迫力が感じられる。昭和初期で貸座敷は139軒あって娼妓は1650人も居た。 町外れという立地から戦災に遭っておらず、戦後は名楽園と名を変えた赤線地区となって伝統様式の妓楼建築が建ち並ぶ指定地として存続した。現在は名古屋のソープ街となっているが旧遊廓の目抜き通りだけであり、町の中には多くの旧妓楼建築が残っていて料亭やビジネスホテルとして使われている。周辺は戦後開発された市街地ですっぽり囲まれており、現代都市の中にある異次元空間である。東西の目抜き通りの延長線上に名古屋駅の超高層タワーがそびえるが、戦前の大廈高楼も負けずにマッチしているところが面白い。

所在地
愛知
写真記録
18点
撮影期間
2005-11-08
資料状態
最盛期統計あり / 平成

写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」

歴史順の記録

近世-近代

遊里・遊廓としての形成

名古屋市旭遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里遊廓として記録された場所です。

最盛期

最盛期の統計

貸座敷 139軒
娼妓数 1,650人

数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。

戦後-現在

街区と建築の変化

戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。

古今写真

18点を撮影・記録日順に表示

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2005-11-08 原資料
2005-11-08 原資料
2005-11-08 原資料
2005-11-08 原資料
2005-11-08 原資料
2005-11-08 原資料
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2005-11-08 原資料
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2005-11-08 原資料
2005-11-08 原資料
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2005-11-08 原資料
2005-11-08 原資料
2005-11-08 原資料
2005-11-08 原資料
2005-11-08 原資料
2005-11-08 原資料

利用上の注意

本ページは公益的な歴史研究・地域史記録として作成しています。現代の性風俗営業の所在地案内、広告、勧誘、予約、紹介、連絡仲介には使用できません。 現地を訪れる場合も、私有地・居住者・営業者・地域住民の安全とプライバシーを尊重してください。

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