豊橋市吾妻遊郭の現地記録写真

愛知 / 豊橋市 東田町

豊橋市吾妻遊郭

歴史資料・現地写真アーカイブ

『全国遊郭案内』によれば、「豊橋市吾妻遊郭は愛知県豊橋市東田町にあって、東海道線豊橋駅で下車すれば東へ約20丁、駅から乗合自動車で「東田」へ下車すると直ぐである。・・・「吉田通れば2階から招く、しかも鹿の子の振袖が」と云う唄が土地で昔から唄われて居る様に、豊橋は昔から遊女町として名高い処丈けに今も中々盛んである。」と豊橋の遊郭が有名盛んであったことが分かる。宿場から遊郭になったのは明治43年で、戦後は一時期赤線であった。 豊橋駅から路面電車に乗って「競輪場前」の電停で降りる。停留所はホームのようなものは無く、斜線の描かれた車道に下りるので車に気をつけなければならない。地元の車は分かっているので斜線の手前で停まって待っている。そこから南に歩いていくと公園があって、その公園を含むロノ字型街区の旧遊郭の町並みはある。

所在地
愛知
写真記録
14点
撮影期間
2005-06-21
資料状態
最盛期統計あり / 平成

写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」

歴史順の記録

近世-近代

遊里・遊廓としての形成

豊橋市吾妻遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里遊廓として記録された場所です。

最盛期

最盛期の統計

貸座敷 56軒
娼妓数 495人

数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。

戦後-現在

街区と建築の変化

戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。

古今写真

14点を撮影・記録日順に表示

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2005-06-21 原資料
2005-06-21 原資料
2005-06-21 原資料
2005-06-21 原資料
2005-06-21 原資料
2005-06-21 原資料
2005-06-21 原資料
2005-06-21 原資料
2005-06-21 原資料
2005-06-21 原資料
2005-06-21 原資料
2005-06-21 原資料
2005-06-21 原資料
2005-06-21 原資料

利用上の注意

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